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南海電鉄平野線は、大正3年、当時の「阪堺電気軌道(現在の会社とは別のもの)」の手によって開通しました。区間は今池〜平野間、総延長5.9キロメートル。路線的には短いですが、恵美須町行きと、天王寺駅前行きの2系統があり沿線の足として親しまれましたが、昭和55年11月27日、大阪市営地下鉄谷町線の八尾南駅への延伸開業の日に惜しくも廃止になりました。廃線跡はほとんどが、阪神高速道路松原線の下を走っていたので、線路跡は辿りやすいですが、当時の面影はほとんどなく、ほぼ全線に渡って敷かれた自転車歩行者専用道路のようなモノで偲ぶ事が出来ます。 |
| 01.阪堺電鉄阪堺線今池駅から南東方向を見る。中央のビルの辺りに坂があり、平野線の軌道敷が続いていましたが、今はほとんど跡が見られません。 | 02.写真01のビルを、線路とは反対側、堺筋から見る。明らかに線路敷に建てられたのでしょう、道路に対してヤや斜めに建てられています。 |
| 03.写真02のビルの前の、道路を渡ってその続きにあるような空き地。現在では小さな畑になっていますが、この辺りに「飛田停留所」があったはずです。(地図リンク) | 04.写真03から、道路に入る部分。「天下茶屋東1丁目」の交差点のやや東側に当たる地点です。(地図リンク) |
| 05.写真04の道路を東に歩くと、平野線の架線柱が3本、あらわれます。現在も使用中のようで、600V高圧線が通されています。 | 06.写真5の、手前から2本目の架線柱には、いまだに旧タイプの南海グループのマークと、建設年月の入った鉄板(昭・32・8)がついています |