▲トップページ  ▲廃線・廃駅INDEX

南海天王寺線跡を歩くその1

南海電鉄天王寺支線は、総延長2.4キロメートル。明治33年10月26日に、南海電鉄の前身、南海鉄道の手で開通しました。南海本線と、旧国鉄線との連絡輸送もかねていたらしく、また最盛期には天王寺〜堺間の貨物列車等も運転されていましたが、昭和41年の新今宮駅開業後は完全に支線扱いになってしまい、影が薄くなってしまいました。その後、地下鉄堺筋線の動物園前〜天下茶屋延長計画が具体化するにおよんで、天下茶屋〜今池町間が昭和59年11月18日にいち早く廃止となりました。残った今池町〜天王寺間は単行電車で営業が存続され、途中には「飛田本通」駅が開設されるなど旅客需要の掘り起こしも図られましたが、平成5年3月4日、堺筋線が天下茶屋まで延長されたのを機に、同年3月31日に廃止になりました。現在は周辺にホーム●スも多く、住み着く事を防ぐためか、廃線跡はほとんど高い柵に阻まれています。線路敷は歩けなくなっていますが、天王寺付近には未だに線路も残り、架線柱も残ったりしています。


01.天王寺駅西側、「阿倍野橋」の上から、新今宮方面を臨む。古い架線柱と、単線(現役時代は複線)の線路が残されています。おそらく、未だに南海が土地を保有しているものと思われます。 02.大阪環状線唯一の踏切「一ツ家踏切」より天王寺駅方面を臨む。中央の柵より右側が廃線跡。ここから廃線跡はやや右(南西方面)にそれていきます。

03.写真02の先は「有料駐車場」になっています。ややこの写真では分かりにくいですが、ゆるやかなカーブを描いています。 04.写真03とは反対側から見た駐車場。奥に、写真2に写っている茶色の架線柱が写っています。

05.写真04の地点の、大きな道路を挟んで反対側には、高い柵で仕切られた廃線跡を見る事が出来ます。内部はどうなっているのでしょうか? 06.写真05の地点からヤや南側の路地に入ると、線路をくぐっていたであろう地点に、線路の盛土の断面を見る事が出来ます。

07.写真06の左側の拡大。盛土上のバラスト(敷石)を撤去したあと、そのままコンクリートで埋めたようです。何かしら不思議な感じがします。手前の歩道は、廃線後にかさ上げされたものでしょう。 08.細い路地を廃線跡を見ながら歩くと、廃線跡を横切る路地に出ました。柵で仕切られていましたが、柵の取っ手部分からカメラを突っ込んで撮影したのがこの写真。線路敷にはほとんど何も残っていないようです。

撮影:2002/06/16

▲トップページ  ▼その2へ  ▲廃線・廃駅INDEX