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2005/11/20 高架化直前福知山駅見て廻りその1

2005年11月26日に、高架駅になってしまうJR福知山駅。この日はもうすっかり高架は完成、あとは若干の内装と、前夜の線路切り替えを残すくらいになっていました。そこで、「旧」福知山駅の撮影ついでに、駅の周囲を一時間程かけて一周してみました。なにせ私が産まれ、幼少の頃を過ごした町。すっかり変貌を遂げてしまっていますが、僅かながら「国鉄の頃」を垣間見る事が出来ました。


朝二番の大阪発福知山行快速で福知山駅へ。福知山線が国道9号線の下をくぐる辺りに差し掛かると「あぁ、帰ってきたな」とよく思ったものです。その辺りから、高架線が始まっています。単線なので切り替えも容易なのでしょう。すぐ手前まで高架の線路が迫っています。 駅の二つ手前、岡ノ町の踏切を過ぎた辺り。高架線は左上にかけ上っています。この高架線ができる前は、福知山客貨車区の入替え用の線路が延びていました。

奥に、このあと紹介する「女学校下踏切」が見えてきました。山陰本線の高架も近付いてきました。 「女学校下踏切」を過ぎて駅への最終の直線。福知山客貨車区があったあとは、すっかり高架に踏み潰されています。

駅舎。 駅前の様子。

駅前、駅に向かって左側の商店街。私が子供の頃はアーケードこそないものの、レトロな形の街灯があった、いかにも商店街、でしたが、ほぼ全ての建物が建て直され、ただの住宅街の一角になっていました。 その商店街から駅前方面を見る。そういえば昔は、京都交通バスの「堀市内バス」が走っていました。春先になると、ツバメの飛び交う商店街でした。

ささやかながら、祝賀ムード。 商店街を抜けた所は広大な空地になっています。ここにはコンテナの為の引き込み線がありましたが、いつしか引き込み線はなくなり、コンテナ扱いもなくなってしまったようです。

線路沿いに歩くと、昔祖父の家に帰る時に、必ずくぐったガードがまだ残っていました。これもいずれは閉鎖されるのでしょうか。 惇明小学校の前辺り。雑草はもう伸ばし放題。

山陰本線が福知山駅を出て最初に通過するのが「内記稲荷踏切」。国鉄の頃は有人踏切でした。すっかり高架の影に隠れてしまっています。 「内記稲荷踏切」の看板。

「内記稲荷踏切」から見る福知山駅構内。以前はこのさらに右側に、貨物入換え用の引上げ線がありました。 「内記稲荷踏切」から見る山陰本線京都方面。高架の脚が建てられている辺りには、小さな工事事務所か何かあったように記憶しています。

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