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ついにその日、10月15日、急行「だいせん」廃止の日が来ました。昭和28年に岡山〜松江間の「準急列車」として運転を開始した「だいせん」の愛称も、この2004年10月15日を限りに廃止されました。ここでだ、最終日の様子を、僅かの画像とつたない動画で紹介します。。(写真は全て2004/10/15 大阪駅にて) |
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「だいせん」最終日。平成11年に気動車2両になってから、「もう先は長くないな」とは思いつつ、「よく5年も持ったな」という思いも重なる。聞き慣れた愛称、乗り馴れた列車、それが廃止になるのはやはり寂しい。 22時30分、仕事終了。「まず無理かな」と思っていたが、意外によい時間に終わった。遅い夕食をラーメン屋さんで済ませ、大阪駅へ向かう。おりしもこの日は「鉄道の日記念JR全線乗り放題きっぷ」の最終日。大挙して人が押し掛けるか、のんびりまったり見送れるか、微妙な所である。 |
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| ▲大阪環状線ホームから他のホームへ乗り換える中央通路の案内。 | |
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22:50頃、大阪駅着。金曜日の夜、帰宅の人たちが行き交う中に、大きなカメラや三脚を持った人たちがうろうろしている。列車最終運転の駅によく見られる風景である。こちとら小さなデジカメのみ。到底太刀打ちは出来ないが、こういった「急に思い立った」時には何かと便利である。 まずは4番線へ。乗車位置案内案内を撮影しておく。今は大阪駅改良情事の為、慣れた1・2番ホームは閉鎖され、「だいせん」は4番ホームからの発車である。個人的には2番ホームから見送りたかったものである。 人込みをかき分けながら反対側の5番ホームへ。私のこの日は、列車正面やらなんざどうでもよく、ただただ、最後の発車だけを見送りつつ、動画撮影ニ勤しむだけのつもりである。塚本方の喫煙コーナー付近に陣取り、しぱし一服。 |
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| ▲乗車位置案内で紹介した「これ」も見納め。(4番ホーム) | |
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しかし大問題がある。「だいせん」の入線直前に、私のいる5番ホームからは姫路方面行きの快速列車が23:06に発車する。現在の形になってからの「だいせん」には幾度と無く乗車したが、入線時刻が曖昧であった。 幸いにも、快速電車が発車した直後の23:07、「今夜の主役」は、最終日に相応しく、6両編成で入線して来た。しかし、である。「だいせん」に使用されているキハ65 800番台は展望車を含めて5両である。もう1両はどこから持って来たのだろう、と疑問が湧く。「そう言えば『リゾート&エーデル』てな車両があったな」(とにかく車両の知識には疎いです)。 |
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| ▲入線を待つ大阪駅4番ホーム(これ以降全て5番ホームから)。 | |
| 一斉に炊かれるフラッシュ(走行中の列車に向かってフラッシュを炊くのはやめましょう。)、次々に切られるシャッター音。「そこふどかんかいぃ」と、飛び交う罵声(はっきり言ってマナーが悪い。しかもそれが関西弁ゆえなおさらタチが悪い)。展望席の後ろでビデオを構える人、ただただシャッターを切る人、それとは関係なくホームの自動販売機でジュースを買う人、夜行の最終列車にはありがちな光景が繰り広げられる。私の方はといえば、何とか6両編成を納めたく、前方で身を乗り出すやつが引っ込むのを延々待ってようやく一枚(最下段写真)。 | |
| ▲23時7分入線。一斉に切られるシャッターの音。 | |
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いよいよ23:15。最後の発車の時が来た。「だいせん」の最後である。独特のエンジン音を唸らせ、汽笛もなく、いつものように発車。見守る人たちも混乱もなく、ただただシャッターを切っているだけである。 映画「銀河鉄道999」の中に「今、万感の思いを込めて汽車がゆく」というナレーションがあったが、まさにそれ。 塚本方の暗闇に、テールランプが消えるまで見送った。またひとつ、「急行列車」がなくなってしまった。 |
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| ▲最初で最後の晴れ姿6両編成! |