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2005年8月21日:土讃線最終紀行その1

元々この日は祖谷口・阿波川口・土佐穴内・角茂谷・土佐一宮・薊野の各駅を廻ってとっとと帰るつもりでいました。しかしながら・・・・・出発する一週間ほど前の事です。何の気なしに予定表(春から温存)と時刻表を見て予定の再確認をしていた所、末端区間の土佐新荘・土佐久礼〜仁井田間の各駅も廻れる事が判明。「これは無理してでも行かねばならぬ(笑)」と言う事で、早速帰りの特急券を入手。勇躍「ムーンライト高知」に乗り込みました。


深夜0:01大阪駅到着。大阪駅3・4番ホームの列車案内。「山陽」がこの夏は運転されず、若干ホームは寂しいです。 0:04ムーンライト高知・松山入線。先頭ではEF65 1128.。10数両の寝台特急を牽引していたこの機関車には、6両の快速列車はややパワーを持て余し気味か・・・・・。

ムーンライト高知の1・2号車はグリーン車指定席。とは言うものの、車両はかなり老朽化。外板もいろんな所がもうぼろぼろ。旅情も何もあったもんじゃありません。 左写真の様な状況なので、一部ではムーンライト高知・松山の運転はこの夏が最後と言ううわさも。ということで、列車名の入ったサボを記念に撮影。

いきなりですが、早朝4:05頃、四国多度津駅到着。「山陽」の分割作業がなくなったので、岡山駅は僅か2分の停車でとっとと発車。上下の「高知・松山」は、宇野線内、妹尾か備前西市(暗がりで分かりませんでした)での交換に改められています。 ここ多度津駅では「高知・松山」の分割作業が行われます。この写真は分割卯業開始前の「高知(3号車・手前)・松山(4号車・奥)」の連結部分。

4:10。係員到着。若干の遅刻なのか、ホームを乗り越え乗り越え、大慌てでやって来ました。まさか寝坊・・・・・。この時点で、客扱いのない「運転停車」にもかかわらず、ドアが開いていました。 乗車後早速、車内での分割作業開始。連結されているほろを外して、主脳するのが彼の役割。車外では繋がっているブレーキホースを外したり、ジャンパ連結器を外したりの作業が行われています。

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